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【会派視察研修報告】

■日時:平成21年1月27日(火)
■場所:飯塚市役所
■会派:『きずな』上田美利議員、佐藤勉議員、松田満男議員 『清風会』後藤哲郎議員、稲田雅之議員、佐藤誠議員、内田理佐(計7名)

■調査目的: 地産地消の推進、学童農業体験の取り組み 新産業の創出(産学官連携、e-ZUKAトライバレー構想、飯塚アジアIT特区)

■飯塚市: 人口 134,072人、面積 214km2
2006年3月26日に頴田町・庄内町・穂波町・筑穂町と合併。 福岡県で、福岡市、北九州市、久留米市に次ぐ4番目の人口規模の市となる。

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市議会:住民投票により市議会リコール成立し、2007年3月11日に行われた市議会 議員選挙で合併時最大87人いた議員数が34人になった。

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1.地産地消の推進

食料自給率の向上に向けた施策として「地産地消」を行っていました。消費者にとっては生産者の顔が見え、新鮮で栄養価が高く安心・安全だということ、生産者にとっては流通コストの低減や多品目で少量の生産でも対応できる効果を期待されているということでした。
 取り組みとして、農産物直売所(JA2ヶ所、地域2ヶ所)による地場産農産物の売上げ額の増加、14品目の野菜や果物の作付け面積の拡大、大型機械を導入し麦、大豆の作付け面積の拡大、学校給食に食材を利用(毎月19日は地元食材使用)、保育所でも利用、農畜産物の情報を学校栄養士に提供し献立作成に活用、各自治会(277ヶ所ある)で料理教室を行い年間183回行っていました。
学童の農業体験として、農業改良普及センターの協力で4校で水稲の育成(事前学習、田植え、稲刈り、収穫祭)を行っていました。
行政主導の直売所の取り組みがおもしろく、また、交通アクセスと周辺人口の豊かさが直売所の活況に繋がっていると感じました。
各自治会での年間183回の料理教室は、お年寄りにとっては公民館単位で行うことによってそこが拠り所になり、小さな子どもを持つ母親のための料理教室としても効果があります。家庭の中から地元食材を使って調理していただくことが意識を変える点でみても一番効果があるのではと感じました。

2.新産業の創出業

農業の経済基盤も整っており、3つの大学を有する学園都市・ITを含めた新産業都市として様々な施策を用い、特に「飯塚アジアIT特区」と呼ばれる経済特区の指定を受け、炭鉱跡地に工業団地を造成し、製造業の誘致が行われています。
名菓ひよ子で知られる吉野堂の創業地であり、銘菓千鳥饅頭が初めて作られたのは飯塚市です。
 飯塚市には大学が2校、短大が1校、専修学校が6校教育環境も整い20の工業団地が揃い、約5000人の学生及び研究者がいるということでした。
工業団地を見ながらトライバレーセンターを見学しました。

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e-ZUKAトライバレー構想の第1ステージが終わり、現在第2ステージに移り2年目ということです。
 第1ステージでは日本一創業しやすいまちを掲げ、5年間で80社の創業、誘致が行われました。企業売上合計は約15億円だったそうです。
しかし、倒産、廃業、解散をした企業も出てきており、現在33社のベンチャーが経営をしている。
 第2ステージでは、その反省から、人材育成を強化、ITを活用し既存産業の活性化と地域のイメージアップを目指します。

戦略プロジェクトとしては、5点あげられています。

1,自動車の安心安全システム構築プロジェクト
2,医工連携による生活の質の向上プロジェクト
3,農工連携による食の安全に関するプロジェクト
4,ITと環境との融合による新しいビジネスに関するプロジェクト
5,地域情報プラットフォーム構築プロジェクト

 数値目標としては、次の5年でのべ65社の企業と売上50億だそうです。
雇用として1500人とありましたが、自動車産業の工場誘致でないと、この人数は容易ではない、つまり大手が縮小している今、誘致は難しいということです。

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 飯塚市長は企業の元社長ということで、ご自分の経験も生かし自らトップセールスして駆け回っているということでした。
国土形成フォーラムでの熊本市長の話もそうでしたが、どこの市でも危機感もって取り組んでいるようです。こういう時こそ原点に返り、今何をすべきか考え直さなければいけないと思いました。

旧伊藤伝右衛門邸(ブログへリンク)

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 筑豊の炭鉱王と言われた伊藤伝右衛門さんの旧宅が飯塚市にあり、私たちは視察の最後として案内していただきました。
平成19年4月28日から一般公開が始まったそうです。

 この旧宅は敷地約2300坪もあるということでした。

 伊藤伝右衛門さんは貧しい家の長男として生まれ苦労したそうですが、炭鉱開発をきっかけに大成功。明治36年衆議院議員に当選し、後に、字の読み書きもできなかった伝右衛門さんが学校を寄贈するなど、地元の子どもたちのために貢献されたようです。

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 伝右衛門さんには辛い過去があります。それが、「白蓮事件」です。
この事件は伝右衛門さんの妻(25歳年下)であった歌人の白蓮が7歳年下の東大生と駆け落ちをし、公開絶縁状を大阪朝日新聞に掲載した事件だそうです。きっと大騒ぎだったでしょう。
しかも、この白蓮さんは大正天皇のいとこだそうです。14歳という若さで結婚をし5年で精神薄弱な夫を見かねて家族に別れさせられ破婚、政略結婚の再婚相手は50歳の伝右衛門、毎月500万円のお小遣いがあったそうです。しかし伝右衛門には、白蓮以外の女性との子どもがたくさんいたそうで、愛とはなんなのか毎日考えていたんじゃないかな・・・と思います。歌人となった白蓮が初めて恋愛をしました。再々婚となった最後の相手は革命家である7歳年下の宮崎でした。貧しい生活でしたが、宮崎との子どもを戦争で亡くし、平和活動に参加。81歳で亡くなったということです。

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 麻生首相が書いた表札を掲げている表門。
ここが入場券販売所となっていました。
門をくぐり玄関へ。

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 お家の中は撮影が認められておらず写真で伝えることができませんが、驚くほど広く、和洋折衷の室内の1つ1つが凝っていて、九州で最初の水洗便所も見ることができました。50mもある廊下と、全部で25部屋もある屋敷の中で、白蓮さんの気持ちを思うと、なんだか切なくなりました。白蓮さんの部屋は2階にありました。とても眺めがよく、広大な回遊式庭園に驚かされます。

飯塚市の観光客は年間30万人ほどで、ほとんどがこの旧伊藤伝右衛門邸見学だと言われていました。
                         
以上です。(担当:内田)

 

 
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